精神障害者の地域生活を支援する

応援メッセージ

NPO法人ハートフルの機関紙「ちょっと見て」に寄せられたさまざまな方からの応援メッセージを、順次紹介させていただきます。


ハートフルとのお付き合い、17年! ~猛暑・お盆・雑感~

髙木クリニック 髙木 敬三

ちょっと見てNo45.(2013.10.6)より

 ハートフルクラブが産声を上げたのは平成8年6月のことでした。いつだったのか記憶になかったので、いくつかの資料をあたってみました。こんなふうに何かをきちんと調べようとするのは久しぶりのことです。そんな自分になんだか懐かしさを感じました。
私のクリニックが開院したのは平成7年8月なので、引き算をすると私のクリニックの方が10ヶ月お兄さんです。性別を分けるのは変ですが、私の感覚ではクリニックは男性で作業所は女性です。なんでだと聞かれたらそれなりに屁理屈は紡げますが、そんなことしなくても何となく分かりますよね。

 産声を上げたのは当時戸崎町にあったこころのケアセンターの敷地の中でした。センターとどういう関係だったのか私はよく知りません。教えてもらったことがあるのかもしれませんが、忘れました。なんでもかんでもよく忘れます。忘れていても案外平気です。最近中国や韓国からなんでもかんでも忘れてしまって無かったことにしてしまうのがけしからんと怒られることの多い日本ですが、まるで自分が怒られているような気分です。それはさておき、元祖ハートフルの所在地が戸崎町だったので、一番近いクリニックにいる私にお呼びがかかりました。運命ですね。もう少し遠い所にクリニックがあったなら、こういう形での関わりはなかったと思います。

 もういっぺん引き算をしてみると、ハートフルと付き合いだして17年!! こりゃあなかなか凄いです。調子を崩した若い女性(作業所のメンバーではありません、念のため)に聞いてみると失恋したとのこと。かなり落ち込みが強いのでさぞや長いお付き合いだったのだろうと聞いてみると、なんと3ヶ月。なかなか言葉の接ぎ穂が見つかりませんでした。17年と3ヶ月を比べて何かの意味を引き出そうとしているわけではありません。ただふっと連想しただけのことです。

 あんまり医者が自分のことをぺちゃぺちゃ喋るのはよろしくないのではないかと思うのですが、そう思いながら呟いてしまうのですが、去年の9月に還暦を迎えたあたりから、どうも疲れやすい。ときおり頭もぼんやりします(MRIは大丈夫でした。ご安心を)。あまり熱は出ない方だったのですが、体温計を腋に挟むことが増えました。(熱がないとまわりがなかなかしんどさを分かってくれないので、しんどいときには念力を使ってでも水銀柱を上げようと思います。いまは水銀ではなくデジタル体温計ですが)。そんなときでもハートフルの作業所に行くと(現在は2ヶ月に1回、4つの作業所を順に訪問させてもらっています)、ぐいっと元気をもらえます。それはたぶん空元気で、本当はたっぷり眠るのが一番なのですが。

 17年間、こちらはひたすら低空飛行を繰り返し、体重の変化に反比例してなんとか細々とやってきているのですが、片やハートフルはというと、あの躍進はいったい何事であろうかと瞠目させられてばかりです。理事会とかに行けないことが多く、変化の流れを後追い的にしか掴めない私の怠慢が悪いのですが、元祖ハートフルのころに比べてのこのビッグバン的な進化には驚かされてばかりです。元祖ハートフルを知っている人とこっそり、あの頃はのどかで良かったね、なんて話をすることもあるのですが、これはたぶん昭和の世相や風俗を懐かしがるのに似たノスタルジーなのでしょう。

 話は変わりますがこの暑さ!(といってもこの会報が出るのは秋でしょうか? ならばこの暑さもすでに昔話になっているのかもしれませんね)。ニュースを見ると、……、(以下、紙面の都合で3分の1を削除。
 だらだら書いてたらオーバーしてしまいました。トホホ…。まるで人生のようですね。 C'est la vie )


普段の活動でスタッフが育つ、驚きのハートフル

(財)石神記念医学研究所  石神 文子

ちょっと見てNo41.(2012.10.6)より

 「<ハートフルクラブ>イコール<水野さん>...」だった過去の10年。
 そして今、潔く後輩に道を譲り、あたかもご隠居さんの様子を演じながら、ご本人の明るくてよく響く声や、障害のある人々のためなら何でも学ぼうという根性は、私が彼女と出会ったハートフル誕生時と何ら変わらないのです。

 それにしても、当初の喫茶店オープンから始まって、西宮市内に点在させている精神障害者社会復帰施設の数々は、一人の力で決して出来る技ではありません。第二・第三~の「ミズノ」つまり「水野」から学んだ新「ミズノ」が、日々の仕事体験(学び)から次々誕生しているに違いないのです。

 人がプロとして育つことが、サービスの質の決め手となる社会福祉資源ですが、多くの施設では、人がなかなか定着していません。

 一般的には、福祉施設への公的補助が少ないために、まずは人件費が低いこと、そして職員数が少ないために学ぶモデルが少ない。この2点が問題だと思われます。

 私は公務員として精神保健福祉の現場で働き、現在は財団法人で人材育成や啓発事業をしております。水野さんは平成13年頃に私の方で企画した、野中 猛 先生らによるケアマネージメントの講習会においでくださいました。

 その後も何かとハートフルの皆さんとお会いするのですが、やはり地域や職場での「事例検討会」にお呼びいただいていることによって知るハートフルが、“最も確かなハートフル”ではないでしょうか。

 今ハートフルで、私がお呼びいただいている年5回の事例検討会は、回を重ねる毎にその“確かさ”から、支援の質の向上を感じ取らせてくれます。
 25人の職員の皆さんが一堂に会し、一人の利用者さんの現在と近い将来について、ご本人が望む生活は何か、その実現のために出来る支援は何か、ハートフルだけで出来なければ、地域とどのようなネットワークを組むか、また今ある資源をどのように拡大させていくかなどなど、一同で、またグループワークで、話し合うのです。

 その中にいて私は、この職場は日常の業務に携わりながら、確実に<大><中><小>の「ミズノ」が育っていると確信しています。私の確信となる根拠を最後に書きましょう。

 数年前はあまり感じなかったことですが、このところ度々「ミズノ」たちと私の意見が異なることが出てきています。それはハートフルスタッフが利用者さんにかける熱い思い(温度にすると130度ぐらい?)が、私を焦がしてしまうからです。

 私は思うのです。支援される利用者さんもまた、スタッフの熱風で“焦げる”まではいかなくても“あぶられる”のではないだろうか、と。丁度、賢くて熱意あるママが必死でこどものことを考え少々過干渉になってしまうように。

 でも、こんな支援の時期があってこそ<大>「ミズノ」が育っていくと思うのです。熱くて、明るくて、利用者さんのためなら何事も学ぼうとする水野イズムが、根太く育っているのがハートフルなのです。


ハートフルのみな様へ

ハートフル中毒の直子より (ボランティア)

ちょっと見てNo14.(2005.12.19)より

先日はお手紙とKSKSの機関紙をありがとうございました!
楽しく読ませていただきました。ハートフルの発展ぶりに毎回驚かされています。
グループホーム『ハートフル上ヶ原』は順調でしょうか?個人的、そして障害を持つ兄の家族として、グループホームの存在は希望そのもので、『ハートフル上ヶ原』を見本に、どんどん増えていってくれれば、家族だけではなく、障害をもつみんなも救われていくような気がします。
 私は、早い時期に所長やハートフルのみんなに出会えたので、自分を追いつめることなく、今を過ごしているんだと思います。当事者に同じ苦しみを分かり合う仲間が必要だとすれば、家族(親は親同士、兄弟は兄弟同士)にも仲間が必要なんだと思います。親の思いと兄弟の思いって別物ですからね・・・。
 作業所という場所を作業するだけの場と勘違いしている方も多くいると思います。そうではなく、作業所は家族にとっても交流の場、希望を見出せる場である事をハートフルを通じて、多くの人達に知ってもらいたいです。
  近々西宮に帰る予定ですので、また顔だしますからねー!
  寒さが増してきてるので、体調に気を付けてくださいね♡
  それでは・・・

ハートフルとOT室

神戸総合医療介護福祉専門学校 作業療法士 安福 ひとみ

ちょっと見てNo.9(2005.9)より

 私は現在、専門学校で作業療法士(OT)を育てています。人を育てるというのはこれがなかなか難しくて四苦八苦しています。OTがどんな仕事をするのかについては、以前、地域生活支援フォーラムでお話しましたが覚えていらっしゃいますか?OTについて興味のある方は、毎週火曜日にハートフルにおりますのでいらして下さいませ。熱く語り合いましょう!

 さて、私とハートフルの出会いはというと...
 精神病院でOT室を始めて4年程経った頃だと思います。それまでは主に身体障害者のリハビリに携わっていたので、精神障害については、20年前に実習に行ったきり関わりがなかった私は、何にも理解していませんでした。病院にOT室を作るのに精一杯で、精神障害者が地域であたりまえに生活するために私たちが何をしなければいけないのかをという本当のリハビリテーションを考えていませんでした。

 それを支援する専門職でありながらいったい何を見ていたのか!!
かなり遅咲きですが、やっとそのことに気がつき、それからは外来の患者さん達と一緒に作業所めぐりを始めました。その時にシャリテにも本当のお客さん(?)を装ってドアを叩いたのが始まりです。ピラフがおいしかったのと、とっても元気な職員さんに圧倒されたのを覚えています。
 それからは、病院の喫茶でクッキーを販売させていただいたりして、ちょくちょく職員さん達と顔を合わせるようになりました。「わぁ~安福さぁ~ん」と何処で出会っても笑顔いっぱいで挨拶をしてくれるのが本当に嬉しくて、時には恥ずかしくもありましたが...

 ハートフルには、いつでも笑顔で迎えてくれるという安心感があり、突然ふらっと尋ねても大丈夫♥そんな気持ちを持たせてくれます。その安心感があるから私は今でもここに通っているのだと思います。たぶん皆さんそうですよね!そんな気持ちを入院中の患者さんや病院の職員さんや悩める学生さんたちにも知ってもらいたくてOT室を始めました。OT室は誰でも参加できます。陶芸・園芸・料理・SST・病院との交流会・学生への講演などなど。何でもありです。それらを通して、ありのままの自分が受け入れられる場所や人が地域にはあるということを皆さんに知って欲しいと思っています。そして誰もが安心して暮らせる地域を私達の手で作っていきましょうー。

powered by Quick Homepage Maker 4.9
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional